保護司さんに聞いてみた? 7つの質問!

保護司になったきっかけは?

・先輩の保護司さんに誘われて。

 

・中学校PTAの役員をしていた時、保護司をされていたPTAの会長さんから声をかけられたのがきっかけでした。地域への恩返しになるなら、誰かの役に立てるならと思い引き受けました。

 

・地区の区長さんに薦められて。

 

・ある日、父の同級生のIさん(保護司)がたずねてこられて、「保護司になってください。」といわれた。

 

・父親が保護司だったので、父から勧められ、ある程度保護司活動について知識がありましたので、保護司をさせていただくことになりました。

 

・昭和50年にBBS会員となり、その延長上に保護司があって、平成元年に保護司を拝命した。

 

・PTA役員を卒業して、のんびりしていた時、近くの保護司さんより声かけられて断り切れずに引き受けました。

 

・PTA活動を通じて保護司と出会い、やり甲斐を感じて委嘱を受けました。

 

一番印象に残っている事件は?

・保護司の拝命を受けてから半年で無期刑の対象者を担当したこと。

 

・初めて担当したケースで、心中未遂で保護観察になった60代半ばの男性の事件です。当初は生きる気力が見られませんでしたが、面接で心を開いてくださるようになり、前向きに農業に取り組まれ生きがいを見つけられたようで笑顔で話せるようになりました。

 

・来訪の面接に家族で来られたこと。大晦日の夜8時過ぎに対象者が来訪したこと。

 

・ある殺人事件の受刑者の環境調整と、3号保護観察事件。

11年服役した後の世のなかの違いに驚き、戸惑う心情がつたわってきた。(その間、携帯の普及からスマホへの進化があっていた。また、スーパー・コンビニでの支払い方での戸惑い等。)

 

・私が保護司になってすぐに保護観察の担当を任された対象者は、私の父親が保護司をしていた時に担当していた対象者の息子さんでした。

「私が若い頃、私の父親から運転を頼まれて二度ほど車で送っていったことがありますが、もちろん家まではいけませんし、家も知りませんでした。その後、本人の父親は事件に巻き込まれて亡くなりました。本人も18歳で保護観察になり何度か再犯を繰り返しましたが、現在は北九州市で土木作業員等をして生活しているようです。

 

・自分の義理の娘と関係を持ち、妊娠させた性犯罪。当人の実母が自分と中学の同級生であった為、処遇が難しい事件だった。

 

・私の父親・長男・次男と同じ職業を父親に持つ対象者を担当したこと。

 

・薬物事犯の担当

 

・対象者は当時、未成年で彼女(未成年・他の保護司の対象者)が何回も妊娠中絶した。保護司として対象者の父親に怒りを覚えた。

 

一番、大変だったことは?苦労したことは?

 ・担当した事件で、当初は、対象者とどのように接したらよいかわからなかったので、戸惑いました。観察官や地区保護司会での研修の折、指導を頂き対処しました。

 また、保護司会の運営面で、近年、「保護司の高齢化」、また、「なり手不足」が大きな問題となっています。私たちの保護司会でも来年から、多くの保護司さんが退任されます。世界的にも珍しい日本の官民協働の保護司制度を続けていくために、「今の社会状況の中で、どのようにして保護司を確保していくか(保護司になっていただくか)」ということに苦慮しています。

 

・苦労したこと:担当した少年の父親から「保護観察なんか受けさせん!」と電話で怒鳴られたこと。 

大変だったこと:連絡が取れない。面接に来ない。嘘をつかれること。」

このような場合、相手の話を傾聴し、否定しないで、相手に「見守っています。力になりたいです。」と伝えるようにしている。

 

・対象者と面接の日時を決めても来訪せず連絡もなかったこと。何度も、往訪したり、電話やメールをした。連絡がついたときは、褒め、次回からも「よろしく」と伝えた。

 

・面接の約束を守らない、連絡をしない、連絡がつかない少年。往訪によって、保護者と一緒に面接して、次第によくなってきた。

 

・最初の保護観察での家庭の状況で大変だった本人が中学生の頃、父親が亡くなり、すぐに母親も出ていき、祖父母に甘やかされ育てられたようです。やがて事件を起こし、保護観察になりましたが、満期2か月前頃に再度事件を起こし、実刑になりました。

 その後、満期釈放となり家に帰って来た時には祖父母とも亡くなっていたため、相談を受け住んでいた家を見に行きましたが住める状態にはなかったため、保護観察所に住み込み就労できる場所を探してもらう相談等をしましたが、長続きせず再犯をしてしまい実刑となりました。出所したら、必ず私に相談に来ていたので、私自身できる手助けをしていましたが、本人の甘えとなり、お金を無心してきたりと私自身危険を感じたので付き合いをやめました。

 

・当人が住み込みで仕事をしており、また、遠距離でもあったので面接をセットするのに苦労した。当人が車を持っていなかった為、自分の車の中で面接したこともある。

 

・私が保護司を引受けた頃は対象者の人数が多く、私は少ない方で2名程の対象者を受けた上に、生活環境調整の依頼が有り時間の割り振りが大変だった。

 又、対象者が若者の場合は特に約束時間を厳守せず遅刻・欠席に苦労した。夕食に誘たり、根拠強く対象者の事を信じて待っていた。

 

・一度に3人の対象者を単独で担当したこと。

・なかなか面接ができなかったこと。担当して6か月を過ぎるとますます面接が難しくなった。主任官に指導を仰ぎ、複数担当にしてもらった。対象者が所在不明になり、その対応(観察所への報告等)に苦慮したこと

 

「危険!」と感じたことはありますか?

・ありません。

 

・特にありません。自宅で面接を行う場合には、息子が2階にいてくれました。現在は、複数担当制での面接なので心強いです。

 

・なし。

 

・特に危険な経験はしていない。

 

・幸いにも、危険な状況には遭遇していない。

 

・保護観察12件、生活環境調整10件程度、携わってきたが危険と感じたことは一度も無かった。

 

・印象に残る危険はあまり感じなかったが、対象者が知人(少年少女数人)とシンナーを吸って、無気力(目が虚ろ)な状態でいた現場に行ったこと。対象者の母親から連絡を受け、警察官を同行して現場(対象者宅)に行ったことは、記憶に残っている。

 

・昨年の滋賀県大津の事件は特別なことで、めったにない事件であること。保護司の皆がそんな危険な状況にあるわけではない。しかし、いつその様な状況に身を置くことになるかもわからないことは事実である。近年の社会の中では、それは保護司だけではなく、普通に暮らしている人たちも同じことである。

 

保護司になって、良かったことは?

・担当した無期刑の対象者が徐々に心を開いて話をしてくれるようになったこと。

 

・対象者から「ありがとう!」の言葉をもらったり、対象者が更生の道へと立ち直れたと感じたり、笑顔で話せるようになった時、やっていて良かったと思います。

 

・受け持っていた対象者の保護観察が終わり普通に生活に戻っていったこと。

 

・保護司会の皆様との出会い。地区内、特に町内から作文の入賞者が出た時。

いろいろな方から、保護司活動に対する言葉をかけてもらうこと。

 

・私が担当する地区の住民は、大概の人が私の素性を承知しています。保護観察になった本人はもちろん、その家族も知っているので、本人もほかの保護司さんより真面目に話も聞いてくれます。本人の良いところも悪いところも理解してくれていると感じているからこそだと思います。相手のことを理解した上で保護観察や面接ができることは、保護司として本当に良かったと思います。

 

・更生して会社を興し、従業員を雇えるまでになった対象者の親から、今でも感謝の言葉をかけられること。

 

・人脈が増えた、色々な考え方や職種の方々とふれあいが出来て普通の暮らしでは得ない活動範囲が増えた。情報交換会(懇親会)の場が増えて楽しく過ごせる。

・仕事で車運転をする機会が多いがスピード違反やちょい悪をする事が少なくなった!

 

・「人の振り見て我が振り直せ」ではないが、自らの子育てに役立った。

・現在、「小・中学校運営協議会」のメンバーであり、この中で、保護司活動(経験)を披歴している。」

 

 

やりがいは?

・一期一会で、対象者の人生に寄り添うことが出来ること。 保護司会のメンバーと共に「社明運動」を展開する中で、人とのふれあいや地域の安心・安全のお手伝いが出来ること。

 

・対象者の母親が数年後、本人が立派に更生して働いているといってお礼に来られたこと。

 

・更生の姿を見聞きしたら、よかったと思う。保護司仲間の保護司活動での喜びを聞いた時。

 

・保護観察等はもちろん、保護司の先生方とのコミュニケーションやその他一緒に顔を合わせ楽しく活動できることが、うれしくもあり自分のやりがいでもあります。

 

・中には再犯で更生施設に送られた者もいるが、大半は更生して社会人として自立していく姿を、陰から見守り、家庭をなしていく様子を垣間見るとき保護司の仕事に「やりがい」を感じる。

 

・来訪時間も守らず、手に負えない対象者が徐々にではあるが成長して、規則正しい生活を送り変化していく姿を見ることで達成感を感じる。

 

・「虎穴に入らずんば虎子を得ず」ではないが、保護司になり大変良かった。元対象者及びその母親(2人とも保護司宅の近所に在住)と顔を合わせることがあり、お互いに声掛けするが嬉しい。

 

最後に、メッセージは?

・保護司は罪を犯した人の立ち直りを支えることや、地域で防犯活動を行っています。私にいただいた命を世のため人のために役立てていきたいと思っています。

 

・保護司にとって大切なことは、「元気な挨拶、傾聴、寄り添い、立ち直りを応援すること」だと思います。人生は環境によって大きく変わっていきます。良い環境づくりと安心できる居場所づくりのためには、人を孤独にさせないための「地域のチカラ」が必要です。

 罪を償い再出発しようとしている人たちを地域で支え、「褒めて、認めて、励まして」応援していきましょう。 みんなが住みやすい町を、私たちの手で作っていきましょう!

すべての住民の幸せを願って、これからも保護司活動を続けていきたいと思います。

 

・更生保護活動の拠点として、サポートセンターを活用してもらいたい。

対象者の面接が、地域の公民館で実施できるようになり、以前に比べて、保護司活動がやりやすくなった。

 

・大変なこともあるが、誰かがやらなければならない仕事であり、一度経験をすれば、その意義が十分感じ取れるものと思う。保護司の仕事を理解していただき、自分もやってみようかという風になって下さればこのうえないことである。

 

・保護司は対象者を教育したり指導する講習等は受けていないため、純粋に対象者が社会人としての暮らしていけるように見守り観察所へ報告義務を遂行すれば良いと思う。

 地域の方々へ、保護観察は満期出所(退院)間地かの人達で地域での慣れていくための期間とも考えられます、地域で保護観察完了の方を受入れ見守って欲しいと願います。

 

・保護司の認知度向上のため、地域活動の中で周知に努めていきたい。